化石燃料中心のエネルギー経済が、大規模発電所に高度に集中した形であるのに対し、太陽/水素エネルギー経済は分散化されており、それぞれの地元の会社に多くの機会とニッチを提供する。
インターネットなどの近代的な通信手段を利用すれば、たとえば日本の小さな企業の発明や革新的なアプローチが、世界中の発展に好影響を与えることも可能だろう。
こう考えると、どのビジネスマンでも、経済を再構築するプロセスに積極的に参加しようというやる気が起きてくるだろう。
環境問題は困ったものだ、環境問題のせいでビジネス機会が減ってしまうと今でも思っている企業があるならば、今こそ新しいメガネにかけ替えるときだ。
このような企業は、環境問題こそが世界経済を根本から変え、投資の機会を増やすのだと考えていない。
純粋に投資だけを取ってみても、環境への関心から生まれてくるビジネス機会に肩を並べられるものはひとつもない。
今日環境に関心を寄せているのは小さな環境主義者のグループだけではない。
「持続可能な将来を作りたい」という社会全体の要望は、日々ふくらみつつある。
われわれはみな、環境を大切に考えるようになってきていると思う。
少なくとも私はそう願いたい。
「環境などどうでもよい」ということは、「自分の子どもなどどうでもよい」というのに等しい。
今、すべての企業は、環境問題に対して防御的な姿勢を取るのはやめて、前向きで建設的にならなくてはならない。
持続可能な経済とはどのようなものかを理解し、その好機を利用する長期的戦略計画を、策定しなくてはならない。
勝つ企業もあれば、敗れる企業も出てくるだろう。
先見性を持ち、運営の行き届いた革新的な企業は、好機を予期し、うまく利用するだろう。
敗れるのは、過去にしがみついて新しい機会が見えず、自らを作り変えることのできない企業だ。
自分たちは未来永劫「石油会社」だと言って譲らないような企業が敗者の一例だ。
二酸化炭素の排出量を減らさなくてはならないことがわかっている企業が勝者になるだろう。
石炭業界や石油業界の大企業にとっては、Iが数年前に直面した状況に陥ってしまうリスクがある。
Iはかつてコンピュータ業界で並ぶもののない巨人だったが、過去にしがみつくあまり、最初は規模の小さかったAやMが新しく登場して、Iのこれまでの独占市場にチャレンジを仕掛けてきたときに、何が起こっているかがわからなかった。
今日のエネルギー業界の「M」はいつどこで生まれるのだろうか?これはなかなか興味深い問いではないだろうか。
今でこそそれほど目立っていない中小企業が、たとえば発電できる屋根材を載せた新しい住宅の設計方法を見つけたりして、10年後には世界のリーダーになっているかもしれない。
持続可能な世界に向かうために世界中で必要となる投資は、これまでに前例がないほどの規模である。
たしかに道はまだ遠い。
しかし、人類史上最大の経済革新に前向きに参加すべく、税制を変更する国や戦略計画を練り直す企業が出てきているというのは、エキサイティングな動きだ。
過去にしがみつく企業は、過去の遺物になってしまう。
将来を見通せる企業こそが、ともに未来を作っていく興奮と喜びを味わうことができるのだ。
S・Tさんは以前発表したエッセイでこんな風に述べている。
中国の古いことばに、「生は食に在り」というのがあります。
生きるということは食によってはじめて成り立つ、というほどの意味です。
生の営みと食との不可分な関係を一言にして言いあてています。
それはそうですね。
ヒトにとってそうであるばかりか、ありとしあらゆる生き物についてこの指摘は当てはまります。
動物はもちろん、植物についてもそうです。
水や光という養分なしに植物は生きていけませんし、植物なしにはヒトを含む動物も生きつづけることは不可能です。
植物なくして動物なし、というのは不滅の真理です。
仏教を開かれた釈尊の有名な、しみじみと心にしみることばに「樹恩」というのがあります。
われわれヒトや動物が、樹木に代表される植物にどれほど多くを負っているか、をあらわしていることばですね。
想うに釈尊といえども、植物が太陽の光と熱、それに動物の吐く息の炭酸ガスを材料にして酸素を作るという化学的な事実、つまりは光合成のことはご存じなかったでしょう。
でも直観として、植物(の光合成作用)がなければ、人間を含む動物のいのちをつむいでいくことはできぬことを、とっくの昔にご存じだったに違いありません。
釈尊が植物を大切にし、たった1枚の木の葉や、たった1本の木の枝をむやみに手折ることも、この世の中法身という仏語を使われていますにみだりに血を流させることに通じるとして、これを厳しく戒められたのもそういう深い直観的認識をもっていわれたに相違ありません。
そして古代仏教集団にとって、樹木を大切にし、植樹につとめることは、もっとも重要なおきての一つだったのです。
われわれヒトも動物も、植物の作ってくれた酸素のおかげで呼吸し、また植物を体内に栄養として摂り入れることで、日々のいのちをつないでいるわけです。
地域によって違いがあるとはいえ、お米や小麦、大豆やトウモロコシは何れもわれわれの基本的な食物です。
そして獣肉であれ海水産物であれ、いわゆる動物性蛋白質と呼ばれるものも、その基礎にあるのはやはり植物です。
大豆やトウモロコシなどのいわゆる濃厚飼料であれ、より単純なうまごやしなどの牧草であれ、植物なしに牧畜や畜産は成り立ちません。
話が少し逸れましたが、食がヒトの生にとって欠くことのできないこと、そしてその食というのが、動物と植物、ひいては水や空気、鉱物やさまざまな無機物から成ることはおわかりだと思います。
いわゆる環境がこれです。
そしてFというドイツの有名な哲学者は、「汝は汝が食するところのものである」ということばを吐いています。
われわれヒトは万物の霊長などと大きな顔をしていますが、身のまわりの(古い仏教語でいうなら)有情・無情のおかげで食物を摂ることで生きているので、その貴重きわまりない食物がなくなってごらんなさい、とたんにわれわれは飢えにみまわれ、心身ともに衰弱、意気狙喪し、へこたれてしまうのです。
植物性プランクトンを動物性プランクトンが餌として摂取し、それを小魚が食べ、だんだんと大きな魚が食べてヒトの食料にまでなっていく、とこういうわけです。
いわゆる食物連鎖がこれで、その一番底辺にあるのが、植物性プランクトンなのです。
自然というか環境というかの巧妙なしくみがここにはデンと横たわってでも飽食時代のいまの日本においては、そういう時代を想像することは難しくなりました。
1日の平均の食料配給量が1200カロリーがせいぜいだった世代の日本人は、食べ物がどれほどありがたい存在であるかを身にしみて知っています。
1日1200カロリーというのは、いまなら重度の糖尿病患者が摂取することを許される熱量、つまりはカロリーなのです。
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